他人の人生

きわめて個人的なこと

誰のための夜

ダメダメになってしまう夜があって、そのタイミングは自分では選ぶことができない。特別なにかが起きたわけでもない、それなのに突然自分という存在に自信がなくなって震える。
私は優しい人間じゃない。私が優しさと履き違えているのは甘えと甘やかしだ。誤魔化しと見逃しと嫌われたくない気持ちへの甘え。優しいなんてもんじゃない。
私は美しい人間じゃない。顔もスタイルも良くないし、センスもない。更には自分をプロデュースしようという向上心が人よりも弱い。
私は聡明な人間じゃない。考えて物事を組み立てるのが苦手だ。人を上手く動かすのも苦手。クリエイティブな何かも、人一倍努力できる根気強さも持ち合わせていない。

誰のための夜?そんなの決まってる。私が弱音を吐くための夜だ。そして、私が私を手放しで褒めるための夜。

私は賢い。人の挙動を見て自分の動き方を考えられるというのは、人の仕事を見て参考にするということは、悪じゃない。学ぶ力がある。注意深く人を観察してこうすれば上手くいきそうだと推測ができる。空気をよみがちだと卑下しないで。それも立派な特技。今の仕事では、見て学ぶという特技がかなり活かされている。正直、この仕事は私に向いていると思う。

私はかわいい。私の賢いところは、そのかわいさを武器にしようとしないところだ。新人の頃言われたこと、覚えてるよね?他の社員に比べて愛嬌がない、という言葉。私はどっぷり傷付いたけれど、ここ数年で少しずつ可愛げも身につけてこれている。まだぶっきらぼうで黙々と仕事をする方が多いけど、確実に柔らかくなってきた。
ただ、私の媚びないところ、若さかわいさで仕事をどうこうしようとしないところ、その心意気は上等だ。今の私はかわいいに決まっている。だって25の若い女なのだから。でも、十年後もかわいいかと言われたらそれは違うよな。それを私はよく理解しているのが賢い。偉い。
だから今はそんなに眉間にシワよせて難しい顔しなくてもいい。私の頑張りはきっと誰かが見てくれている。笑うべきところではおもいっきり笑う方が楽しい。

私は強い。だいぶ強い。自分で解決したいという気持ち、自分の足で立ちたいという気持ちがおそらく人よりも強い。とても頑固だ。でも私は分かっている。ひとりで楽しめるイコールひとりで生きていけるという訳ではないということを。まわりには、たまに、私がひとりで生きていける、ひとりで生きていきたいと思っていると勘違いする人がいるよな。そういう人に時間を割くな。私の頑張りを知って、見てくれている人、そして、頑固でプライドの高い私を見捨てずいつも助けてくれる人、私と一緒に生きようとしてくれる人をこれからも大切にしろ。

私はすぐに自信を失う。でも、はじめから自信なんてなかったことを思い出して。前に比べて随分泣かなくなった。というか、最近は全然泣かない。自分の気持ちを自分の言葉で昇華できるようになったからだと思う。

大丈夫、あんたはちゃんと成長しているよ。このまま歩き続けろ。私がいちばん応援してるから。