他人の人生

きわめて個人的なこと

助けてくれた人の顔を忘れながら歩く

美しい人を見ながら美しいなとおもうけれど、美しくない人に対して美しくないなって思わないでしょ?そんなこと思うより先に、まず美しい人を追うと思うの。

生まれてからずっと名脇役

人に対する執着心がバグっている。人の顔も名前も覚えられない。髪型とか服装が変わったら途端に見分けがつかなくなる。助けてくれた人のこと、優しくされた記憶をひとつひとつ落としながら歩いている。誰かと一緒にいたいなって思う誰か、なんて、都合の良い誰かでしかなくて、顔も名前も覚えられないと思う。何か良くわからん感情をこじらせたまま田舎から出てきて、大学時代はさらにこじらせて、「彼氏の近くにいたら嫌な女のタイプ」まっしぐらだった。いっちばん最初に宅飲みした人たちとは卒業のときに全く友達じゃなかったし、会ったことも話したこともないのに、こっちのベランダからあっちのベランダに手を振りながら電話したりした。そういうのが青春の全てじゃないって今なら分かるのにな。なんてことない大学を卒業した私に、どうせ俺なんかFランだからさ〜って言われてもな、そういうこと言うんならせめて明るく言って欲しいよ、俺なんか俺なんかって言われても私にはあなたの未来を変える力はない。

昼に行ったコインランドリーはすごく健全で時間の流れがせかせかしていて悲しかった。あってもなくても変わらないような、いるかいないかも分からないくらいの存在感の、他のものに目移りしちゃうための当て馬みたいな、きわめてふつーーーーーの言葉をつかって、きわめてふつーーーーーの日常と、私のとてつもなく個人的な見解を書きたい。誰の価値にもならなくって、すぐに忘れてしまうような、嫌いでも汚くもなくって、感想なんて言えないくらいありきたりなものをつくる。たぶん、私が私でいる価値はそこにある。