他人の人生

きわめて個人的なこと

こういう日もある

どうすればいいんだろうなーって、もう半年くらい考えている。無気力とは少し違う、でも行きたい方向もなくて、どうでもよくって、でもどうでもいいなんて言えないからへらへらしながらふらふらしている。先のことなんて一つも分からないのに白黒つけることを強要されるのも辛いし、どんなに頑張っても、それだけだ。中途半端に自我があって、中途半端に自信をつけた。毎日が消費されていく。気づけば2021年が半分過ぎようとしている。このままでいいの?といつでも思う。このままでいいの?でも、何が?何かを変えるべきなの?変わるべきなの?何もしたくない、は、許されないの?満たされているはずなのにどうしてこんなに孤独なんだろう。楽しいはずなのにどうして抜け出したいんだろう。ほどほどでいたいのにどうして詰め込んでパンク寸前になってしまうんだろう。木を見る、森を見る、根っこは見てる?土は?木々の間から見える空を眺める余裕はある?優しい気持ちは思い出せている?

投げ出して座り込んでしまいそうな時にわざと大きな声で冗談をとばして笑ってしまう。その場の感情はやり過ごすことができるけれど、一人でいるときの口角はずっと下がったままだ。私の存在はどこだ?っていつも考えている。いつもどこにいても借り物みたいで、私の存在って本当にどこなんだろう。

ふつーに体調が悪い。多分。上手く言えんけど、数ヶ月前と違う。でも何が悪いか説明できない。そんな日々の中で、ふつーに体調が悪い、と、同僚が相談のような世間話のようなテンションで打ち明けてきて、あ、私も同じだわと思ったけど言わなかった。不調の内容をグーグル検索してみる。ネットで検索してもちゃんとした病名がつかないなんて四年前から知っていたことなのに、やってしまう。こんな世の中だから、大したことなさそうな理由で病院に行くのも憚られる。それに、私は病名が欲しいわけじゃない。病名をもらったって、そんなのどうしようもない。同じ生活を続けるだけ。なんとなく体調が悪いっていう予感というか自分の体調への意識って大切だと思う。何かは分からないけどメンタルにきている、何かがやばい、って時には大体生理が止まる。食べても食べても満たされない。ドカ食いが酷い。かと思えば一日、夜まで何も食べないこともある。眠りが浅い。寝起きが怠い。ぼんやーりする。でも、何となくでも「あれ?」って思えてるうちは大丈夫だし、自覚があるってことだ。こういう不調は誰でも抱えてるだろうし、誰かに相談したところで解決しない。でも一人で持っておくのは少し不安で、どうしようもない。

YouTubeで謎におすすめされた一ヶ月食費一万円自炊チャレンジしてる人の動画のコメント欄で、投稿主さんが「すごいね」「がんばってるね」「美味しそうで栄養もあって素晴らしい」「親世代です。若い人がこうやって頑張っているのをみると元気をもらえます」って口々に褒められているのを眺めて泣いちゃった。こういう悪意のない優しい世界の中だけで生きててよ。もっともっと、この地道な生活を続けていることを褒められていてよ。そう、こういう「生きる作業」が丁寧にできる人のことを羨ましく思う。珍しく美味しくできた肉じゃがも一人で食べるには飽きてしまって、もう三日も冷蔵庫に眠っている。コンビニのご飯も食べたくなくて、でも自分のために作った料理を食べる気もしなくて、プレーンヨーグルトにドライフルーツをのせて食べる。ひたすら、ドライフルーツを噛む。ほんのり甘い。甘い。甘い。もうこれだけでいい。健康とか栄養とかカロリーとか、今は考えたくない。本当はどうでもいいです。なるようになるから、自分で決めても人に決められても、なるようにしかならないから、もうどうでもいいんです。でもできれば、今は変わるべきだとか変えるべきだとかそういうことを考えたくないんです。この短く長い人生の中で、じっとそこにただ存在して息をしている時間が少しくらいあってもいいでしょうって思うんです。どんちゅーしんくそー?