他人の人生

きわめて個人的なこと

将来の夢

もしなりたいものになれるとしたら、何になりたい?という話をする機会が最近二度あった。

夢の話はいつだって楽しい。自分の夢の話をするのも、相手の夢の話を聞くのもワクワクする。そして、その夢がちゃんとあることに安心する。今私たちは何故かこの場所にいて、何故か辛い思いもきつい思いもたくさんして、その疲れを癒すために、ひとりぼっちで泣くかわりに夢の話なんかをする。

本当は私たちはもっと深刻な毎日の縁に立っていて、今とか未来とか世間とかお金とかそういうのをもっと真剣に考えてギリギリこの世の中を渡っていかなければならなくて、そういうのはお互いにわかっていて、わかっているからこそこういう話をするのだ。もう皆知っていることだと思うけど、現実は甘くないし、若者が希望だけ持っていると思ったら大間違いだし、かといってイージーモードだと手を抜いている訳でもない。平気な顔をして、ヘラヘラしながら、実はもがいている。ひとしきり自由に遊んで満足して、黙って待っていた人に「もう帰るっ」と告げると、「じゃあ帰るか」と立ち上がる。この人はいつも何考えてるんだろうな〜と思う。心を許すととてもワガママになってしまう私を上手に扱う。少し前を歩く猫背のシャツの裾を危うく掴んでしまいそうになって、右手を引っ込める。この人が同じ時代に生きてくれてよかったと、大袈裟だけどそう思った。正直、少なくとも私には、愛とか恋よりも、ともに生きているという仲間意識のような安心の方が必要なのだ。「恋愛をしない若者」を問題視する人々に、「生きることに精一杯で恋愛なんかする余裕がない」という感覚が少しでも伝わると良いのになと思いながらミネラルウォーターを飲み干す。