他人の人生

きわめて個人的なこと

秋つれづれ

窓を開けたら秋の夜が立っていた。虫の声を聞きながら、ワイシャツにアイロンをかけて、温かい緑茶を飲む。こんなに穏やかな夜はいつぶりだろう。私は一人でいる方が穏やかで着実に過ごすことができるように思う。誰かといると結局あとには寂しさが残る。秋だからだろうか。

言われたこと、言ってしまったこと、やらなければならないこと、引きずっていること、考えたくないけれど考えなければならないこと。生きている限り逃れられないことだらけ。忘れたくても忘れられない、気にしてもどうしようもないのに頭から離れないことだらけ。人を羨んだり憎んだり怒ったり泣いたり後ろめたくなったり、どうしてこんな馬鹿なことを繰り返して、やめられなくて、遠回りばかりするのだろう。やりたいことを「やりたい」だけで出来ないことが増えて、自分の正義を「ただしい」だけで扱えないことが増えて、ちっぽけな人間たちが些細な言葉でギリギリ繋がっている、大人の世界も結構慣れたよ。大人も結構良いもんだよ。

まったくお酒を飲まなくなった。代わりに煙草を吸いたくなることが増えた。喋り続けないと死にそうで、どうでもいいことをペラペラしゃべり続けて、きっとそんな私のこと相手だって気づいてる。知らないうちに腕や指に擦り傷や切り傷が増えている。新入社員の時の自己紹介で座右の銘を聞かれてとっさに【死ぬこと以外かすり傷】と答えてしまって、逞しいと笑われたことを思い出した。死ぬこと以外かすり傷だ、でもかすり傷が積み重なると死ぬこともある。死なないでほしい、成功とか名誉とか夢とか希望とかよりも、死なないで。励ましてくれる人も必要だけど、実は秋の夜に自販機のホットコーヒーを買って一緒に飲める人がいることが生きる希望になる夜がある。今年もそんな季節がやって来る。

あっという間に九月で、あっという間に秋。いつも忘れてしまうことが大事なことかもしれない。無理に季節を感じようとしても違和感だけが残るから、無意識のうちに自分にすっと入ってきた季節をとらえる感覚を大切にしたいなと思う。数日前の夕方、少しだけ金木犀が香った。私は秋がすき。