他人の人生

きわめて個人的なこと

雑記

突然ふっと浮かび上がる感情は、どこから来ているのだろう。

突然ふっと浮かび上がる感情は、わたしのものなのだろうか。

突然ふっと浮かび上がる感情は、果たして本物の感情なのか。

今日、仕事中、本当に日常の何気ないワンシーンのその一瞬で、ふと「生きていてよかった」という感情が浮かび上がった。ちょうど備品を元の場所にしまっている時だった。脈絡もなく言葉にできない幸福感でいっぱいになった。「わたしこのままで幸せだ」と思った。「欲張らなくても、今のままでも満たされている」と思った。「この生活が続いていくことを受け入れられる」と思った。

何故かは分からない。でも、こんなふうに、たまに心にひかりが灯る瞬間と出会う。

希死念慮とまではいかないけれど、それなりに死に対しての覚悟もある。自分はあんまり長生きしなさそうだなと思う。このまますうっと自分という存在が消えてしまうことを無性に願う時がある。消えたいとか死んでしまいたいとかそういうのではなく、生きることに対する無力感、のようなものがずっとある。

普段、かなり欲深く、執念深く生きているつもりだ。向上心と言ってよいのかわからないけれど、人生に対してわたしはすこぶる欲張りで、欲しいものは数え切れない。だけど時たま、ふっと気を抜くと、すべて手放してしまいそうになる。ついうっかり、不注意で、本意じゃなかった、みたいなテンションで。

重々しく真面目に振る舞っていても、根本の軽薄さが露呈する。わたしは誰よりも軽薄で適当で注意力散漫で、ほんとは何も欲しくない。楽して生きたい。苦労したくない。争いたくない。それなのに、何故かしあわせになるために頑張っている。欲張りになって努力しようとしている。わたしが死に物狂いで手に入れようとしている「しあわせ」って、なんだろう。どんな形をしているのだろう。

何かが欠如している。あなた無しでは生きられないって、自分では一生言わなさそうな言葉をこれまでに何度か向けられたとき、その度にわたしは死んだ。そんなはずないのだ。わたしがいなくても生きられるから大丈夫。言葉で死ぬってこういうことだと実感した。誰の思い出にもなりたくない。結局いちばん寂しくない方法を探しているような毎日だ。