他人の人生

きわめて個人的なこと

どこにもゆけないわたしたち

日々は繰り返す。一日単位、一週間単位、一ヶ月単位、一年単位...様々な繰り返しの中で生きているのに人生は一度きりらしい。バグやん。

一ヶ月の中で、気持ちと体調に浮き沈みがあることをようやく知った。自分の体のことなのに、無頓着すぎる。何事においても分析というものが苦手で、自分の体のサイクルについても分析をして対策をたてていけばもっと楽に過ごせるかもしれないのに、それをしない。いつも行き当たりばったりで、あ、体調悪いなと思っても気合いでギリギリ乗り切ってしまう。よくない。

同期と話した。漠然とした焦りとこのままではいけないという気持ちを互いに持っていて、だからといって今が上手くいっていない訳でもない。私たち、少しだけ似ている。与えられたものは真面目に前向きに努力してきたし、今置かれている状況の中で最善を尽くそうとしている。でも、ずっと先のことを考えると急に不安になる。どこにもゆけないわたしたち。どこにも戻ることができないわたしたち。切羽詰まってはいないけど、いつだってキラキラした絶望が仕事用鞄の中に詰まってる。ゆとりの中でまじめに生きてきた、わたしたちには死ぬほど守りたい正義がない。

正義、というワードで、最近よく考えるのが「マスク着用」についてだ。

昨日、駅の前で「マスク反対」を掲げた人々が熱心に声をあげていた。暑い中、多くの人がマスクをつけて歩いていた。そんな街中で、彼らは「マスクなんて意味がない」「流されるな」というメッセージを送っていた。私の身の回りには、「日常生活でマスクをつけるのが当たり前」という感覚の人が多く、私も日頃マスクを着用している。こんな御時世だし、マスクがあった方が安心だと思うから。そのくらいの気持ちでつけている。確かに暑いし化粧は崩れるし声は聞き取りづらいしで快適ではないけれど、つけるか/つけないかを選ぶとしたら、私はつける、を選ぶ。

人々は、マスクだけではなく、様々な場面で選択を繰り返す。正しいも間違いもそこには無いと思う。だから、マスクをつけない人が間違いだとは思わない。でも、どんな考えを持っていようとも、モラルは大事にしたいと思う。

接客業をしている。たまにマスクをつけていないお客様と対面する。強制はできないけれど、ごく丁寧に「混み合う時間帯はよろしければマスクをつけていただけますか」とお願いをすることがある。屋内で、冷房もガンガンに効いていて、人もたくさんいる場所だ。できればマスクを着用してほしいと思う。でも、一定数拒否をする人はいる。そしてそういう人ほど大声で喋ったりする。

先日、とある乗り物に乗った。ほぼ満員で密だった。乗車の条件が「マスク着用」で、スタッフもマスク着用を呼びかけていたのだけど、車内で一人、頑なにマスクをしない人がいた。スタッフがその人に強く注意をし、二人は言い争いになり、最後にその人は大声で何かを主張し床に大の字になってしまった。スタッフは呆れた様子で無線で報告を始め、カオスな中で出発してしまった。下車した後に、後ろから降りてきた二人組の女性が「あれはどっちもどっちだよね...」と話す声が聞こえてきた。

私は普段スタッフ側なので、その時のスタッフの気持ちも痛いほど分かった。たった一人にマスクをつけてもらえないだけで「あの人にマスクつけさせてください」「感染予防対策はどうなっているのか」と、他のお客様からのクレームが多発するのだ。そもそも密になる乗り物だとわかっているし、事前にマスク着用が乗車条件だとも掲示している。そのスタッフの「正義」は痛いほど理解できた。でも、言葉のつかいかたは良くなかったと思う。歩み寄り方がうまくなかった。たしかに「どっちもどっち」だと言われてしまうような物言いだった。もっと賢いやりかたがあったはず。

でも、そのスタッフとしては、そんなこと言われてしまうのも解せないだろう。だって、その人にとっては「たったひとりがルールに従ってくれれば起こらなかったこと」だから。

絶対にマスクをつけて欲しい人vs絶対にマスクをしたくない人の戦いに終わりなんてない。ずっと平行線だ。それなら不毛な争いはもうやめませんか?あなたの正義は正義として、その正義を人に押し付けるのはそろそろやめませんか?

・音や声を聞き取りづらく、マスクをすると人の口が読めず困っている

・体調や皮膚の観点からいついかなる時でもマスクをつけられない

・体調や皮膚の観点からいついかなる時でもマスクをつけなければならない

・においに敏感で年中マスクをつけて生活している

・顔に傷や見せたくない部分、コンプレックス等がありこの状況になる以前からマスクを着用している

・屋内と屋外でつけたり外したりするのが面倒だから屋外でもマスクをつけたままにしている

たぶん、私が思いつく以上に事情はいろいろあると思う。個人の事情なんてそれぞれだ。それで良いのに。何故その事情に首をつっこんだり人を傷つけるようなことを言ったり何かを強制したり馬鹿にしたりするのだろう。コロナ禍以前から、公共の場で唾が飛ぶほど大声で騒ぐことや、料理がある前でペチャクチャ喋ることは歓迎されていなかったでしょう?マスクがあっても無くても、それは今も変わらないと思うの。正義よりモラル、大して主張のない私はそうやって生きてきたから、いま街に出るととても疲れてしまう。人とのやり取り、悪意、敵対心、つらい。つらいと感じるのは自分の根拠の無さだと理解しているから余計つらい。

何が正しいのか、知恵をつけなければならない。そしてもっと人に優しくできる大人になりたい。冷静な人を見ると安心して泣いちゃうよ。誰も答えなんて求めてないんだよ。どこかにいきたいだけなんだよ。どこかにいける安心感が欲しいだけなんだよ。

ちなみに厚生労働省のページには、「屋外で距離が確保できる場合はマスク着用は不要」「距離が確保できない場合や人混みではマスク着用を推奨」とある。

最後に、顔の下半分がコンプレックスだらけで、唯一自分の顔で好きだと思えるのが目なので、私にとってマスクはとてもありがたいアイテムだ。私の正義なんてそんなもんです。