他人の人生

きわめて個人的なこと

かんがえたこと

ひっさびさに腹が立ちすぎて、職場でパソコンかたかたしながら涙がつーっと流れた。自分がもともとかなり泣き虫だという自覚はあるが、仕事の時にぴえんぴえんしていても仕方ないので普段は涙も出てこない。それでも、生理的に抑えられない時がある。体内の水の管理が絶望的に下手だ。

 

泣こごて腹んたつ。

 

悔しくて自然と涙が出る時、いつもこのフレーズを思い出す。涙を止められないとき、自分の中の感情の割合は、「悲しい」よりも「悔しい」の方が大きいと思う。

 

私はいつまでたっても完全な大人になりきれない。どれだけ歳を重ねても、経験を積んでも、人を束ねる立ち位置にいても、子どもが抜けない。大概のことは笑って許したいと思っている。皆が皆、同じ方向を向くのは難しいと分かっている。自分の考えにないような斬新な人の傷つけ方をする人が存在することも、今まで思いつかなかったような言葉を平気でつかう人がいることも、知っている。本来私は、人同士がすべてを分かりあうなんて無理だという思想の持ち主だ。

 

それでも腹が立ってしまうし、悔しくて涙が出てしまうことがある。常に冷静でいたいのに。常にもう一人の自分を置いておいて、主観だけで判断しないようにしているつもりなのに。どうして感情が先に出てきてしまうんだろう。自分はまだまだだなと思う。

 

一方で、経験でしか物事を考えなくなって、全てに諦めてしまって感情を無くしてやっていくより、たまには許せん!!と憤るのも人間らしくていい気もしている。人間だもの。入社時から唯一、私を褒めて褒めて褒め伸ばししてくれる上司が、今日皆が助けてくれて上手くいったのはあなたの人望のおかげだよ、と相変わらず褒めてくれた。これは逆に言えば、見通し不足と管理不足で、皆に助けてもらわなければ無理無理の無理だったというわけなんだけど。私はいつも失敗をして助けてもらっては反省して謝る、を繰り返している。一日のうちで謝らない日がない。周囲に恵まれ過ぎている。運が良すぎる。

 

日々、成長していると思う。そうであってほしい。なかなかちゃんとした管理者にはなれないけれど、助けられて何とかやれている。私へ。感謝を忘れるな。

 

人事評価の季節がやってくる。こんな私に評価されるのは嫌かもしれない、そんなことばかり考えている。せめて、話ができる、話せばわかる、と思ってもらえる人でありたい。そんな人になりたい。自分がそうだったんだけど、この人になら言えると思わないと、面談のときに本音で話そうなんて考えないから。こいつはダメだって思う人には、はなっから諦めて面談の時も何も言わなかったから。

 

冷静に、個人的な感情抜きにして判断を下す側面と、一対一で向き合って信頼を深める側面、どちらも持ち合わせるのはすごく難しいよな、と今日も考えています。