他人の人生

きわめて個人的なこと

わたしが書かないと残らない

きっと何事にも理由があるのだと思う。

 

三年前、私が髪を伸ばしていた理由は、当時住んでいたところでお気に入りの美容室が見つからなかったからで、今私が定期的に髪を切っているのは、今住んでいるところでお気に入りの美容室を見つけたからだ。

 

私がどうしようもない日記をここにタラタラ書いているのは、私の感情なんて私が書かないとこの世に残らないからだ。過去の日記を5冊捨てた。今よりずっと世間知らずで、自分の神様がいた頃の私が書いていた日記。誰の目にも触れずに葬る感情。書いた側から忘れていくことだらけ。忘れたい、と、忘れたくない、を繰り返している。

今の私は、書いて残すことで安心している。大丈夫だと言い聞かせている。本当は誰かに相談したい。不安ですと言いたい。こんな生き方でいいのかと現状を吐き出したい。だけど適切な相手が見つからない。努力して手に入れた自由と力は、たまにとてつもない孤独を見せてくる。

 

昔は、ひたすら強くなりたいと思っていた。鋼のような女になりたかった。強くなりたいと思っていたのは、自信がなかったからだ。実際は弱かったからだ。

今は、しなやかになりたいと思う。柔らかな強さを身につけたいと思う。自分のことを繊細で臆病で弱いと感じることもあるけれど、実際の私は案外たくましく、肝が座っていて、思い切りも良い。だからこそ、ポキッと折れてしまうのが怖い。そもそも折れないしなやかさが欲しい。太平洋くらい広い心が欲しい。ゆとり世代だけど、もっともっと心にゆとりが欲しい。

 

 

私のどうしようもないところは、本来人間として生きるのに向いてないのに、社会で生きるセンスがあるところだ。結構やれてしまう。頑張るのではなく、やるだけ。突っ走って止まるところを見失って走り続けて気づかないうちに満身創痍になっていて、ひとりになって涙が出てやっと疲れていると認識する。こういうところが本当に下手くそだなと思う。

 

力が欲しかった。簡単に言えば、権力。自分の裁量でどんどん仕事を進めてみたかった。できることを増やしたかった。言われてやる仕事だけではなく、自分からやることを増やしたかった。判断をしたかった。頑張ってきたのだから認められたいと思った。その希望は順調に叶ってきていると思う。運も良いし、周囲にも恵まれ過ぎているし、それなりにうまくいっていると思う。

 

それなのに、すごく孤独で、不安で、寂しい瞬間がある。手にしたもの以外の、取りこぼしてきた全てが惜しくなる瞬間がある。肩を並べてこぶしで挨拶するような仲間が必要だと感じて仕方ない瞬間がある。狭い喫煙所で愚痴を言い合える同士がいないことが絶望的に思える瞬間がある。なーんだ、結局ひとりじゃん、頼られないといけない立場なのに、誰に頼ればいいんだろうなんて考えちゃって馬鹿みたい。

 

 

自由でいたい。でもどこかと繋がっていたい。いつまでもこんな風にふらふら漂って、どこにも行き着けないんだろうか。あと数年後には誰も覚えていないことばかり。