他人の人生

きわめて個人的なこと

預けたままの心と、返品不可のギブの暴力

よく笑ってくれる人だった。

すぐに調子に乗る私は、その人が笑ってくれるのが嬉しくて馬鹿みたいにボケ倒した。言葉のつかいかたがグッとくる、言い回しにセンスがあると褒めてくれるのが嬉しくて、自分の価値を人からの評価で決めてしまうバグを抱えていた私はその人によく懐いた。

 

君が笑ったり君が泣くのが私のことだなんて許せない 君に届くな/大森靖子

 

才能がないこと、努力する力もないこと、よくできた人間でないこと、優しさや余裕を落っことしていること、多分致命的な何かが欠けていること、目の前にあるものしか信じられないこと、生きることのベースに居心地の悪さがついてまわること、全て嫌だった。だけど、いとも簡単に人を好きになってしまう。「ああこれが恋に落ちるときめきなんだろうな」と無責任に他人事のように思う。こんな風だから、偽物の恋に落ちる感覚ばかりが積もっていって、決して恋愛という形にはならない。

 

心を預けると、その後取り戻す作業がとても辛い。預けたとしても大して増えないことも学んだ。なんなら預けたまま戻ってこないものすらある。それなら預けない方が良いじゃんと思うのは捻くれているのだろうか。

 

もう失いたくないし、傷つきたくないし、大切なものを増やしたくないし、面倒なことしたくない。

 

たくさんの線を引きながら歩いてきた。

自分のことを言い当てられたとき、嬉しい気持ちと警戒する気持ちが同時にわいて、そっけない返事になってしまう。もう恋愛なんてたくさんだ。いずれこの友情も恋愛なんてみっともない関係になるのだろうか。たしかにハグもキスもそれ以外もないけれど、だからそれが何なのだろうか。他の人にとられたくないという理由で恋愛に昇格させるのはありなのだろうか。結局誰かのものになりたいし、一人になりたくないし、名前がつかないと不安だし、法律で守られた関係は強いし、一言でわかりやすく説明できるのは楽だ。

 

仕事を辞めることを告げ、結婚?と聞かれてうんざりする。皆、理由がほしいんだよね。それなりに真面目に働いてきた人間が(相手にとっては)急に退職するなんて言ったら驚くだろうよ。私も一言で説明できるそういう理由があった方が楽だよなと思ったよ。「他にやりたい仕事があるので」も「今の仕事が辛すぎます」も「転職します」も「色々限界だからやめます」もどこかニュアンスが違うから、一言で相手を黙らせる「結婚」が理由だったら良かったのになと軽率なことを考えたり、実際に寿退社だと去っていった同期や後輩を羨ましく思ったりした。

嘘をつくのが上手なはずのに、馬鹿正直で本音しか言えない。本当のことを言えない私は、あなたの目を直視できない。

 

たまに、「あんたは強すぎる」という褒め言葉(だと私は解釈している)をそっと取り出して眺めている。私は本当に強いのか?たぶんそんなことない。強いという側面が必要な場面で生きてきたから、強く見えるだけだ。ここにいなければ、私はもっとずっとぼんやりした、優柔不断で人任せで無責任な甘えたがりな人間だ。だけどそんなんじゃこの社会を生き抜くことができない。知らない人を簡単に信用すると危ない。疎遠だった人が急に近づいてくると怪しい。心を許していない人にB面を見せるのはリスクがあると思っている。そんなんだから、信用しきってしまった相手にはわかりやすく全て預けてしまう。全部あげたいと思ってしまう。ギブギブギブギブギブ。いらないものを与えようとするのも立派な暴力なのにね。愛が重すぎる。

いつか私の言葉で大切だと思える人を笑わせたいと思う。いつになるかは分からないけれど。

 

よく笑ってくれる人だった。その笑ってくれる姿に私が救われていた。

 

笑わせたいな特別なキスの魔法で君を守ろう

ランデブー/YUKI